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1.はじめに

 からだサイエンス第44号所収の「浜西千秋近畿大学整形外科教授インタビュー」記事につき、編集部より見解を求められた。実は他人事ならず、迫りくる司法改革との関連で私たち弁護士も司法書士・税理士・弁理士などの隣接資格者との間で業務範囲を巡って、ホットな論争を重ねているところである。
 このようなデリケートな問題に日頃何の知識もない門外漢がコミットするのは僭越の極みであろう(「触らぬ神に祟りなし」とも言う)。しかし、浜西教授のお話を読み進むうち、繰り返し述べられる「医師は責任を追及される資格であり、柔整師は責任を免れ得る資格である。これらの資格が同等である筈はない」との議論には、若干の違和感を感じた。

 浜西教授の論理は明解である。「柔整師の施術は、急性外傷の応急処置以外は、捻挫・打撲等に対してのみなしうるものであり、しかも、触診以外は診断を得る手段がないだけでなく、そもそも診断という医療行為を行う権限もないのだから、その施術について責任を問われることはない」とされるのである。教授の議論は、「従って、柔整師の施術は、患者が慰安を求めるだけのあんま、鍼、灸に収斂される行為で、医療的な価値はないのだから、保険適用などで特例視する必要はない」という結論につながっていく。

 思うに、この問題を巡っては裁判例も沢山あるに違いない。これまで裁判所は柔整師の診断責任についてどう判断してきているのか。それを調べて本誌に紹介することは、この難しい議論の健全な発展にいくらかでも資するかもしれない。そんな風に考え、編集部への責めを塞ぐこととした。

2.裁判例に見られる柔整師の診断責任

 言うまでもなく、柔整師を巡る裁判例では、@柔整師のレントゲン照射行為が医師法や診療放射線技師法に違反する刑事犯罪になるのではないかという問題、A無資格者による電気療法等が柔整師法等違反の刑事犯罪になるのではないかという問題も大きく論じられてきた。
 いずれもこれから論ずる柔整師の診断責任と関連した問題であることは確かであるが、ここでは、時間的制約もあり、柔整師が患者に対して行った施術の結果に対し、患者より損害賠償請求が行われた民事裁判の検討に限ることとする。この問題について、私が判例集等から探し出した判例は以下の5つである。

 @大阪地裁昭和44年8月9日判決、A長野地裁松本支部昭和47年4月3日判決、B東京地裁昭和49年9月18日判決、C東京地裁昭和56年3月26日判決、D京都地裁平成4年3月3日判決。順次その中身を紹介してみよう。

 @大阪地裁昭和44年8月9日判決
  脳性小児麻痺の後遺症である足の故障の治療にあたった柔整師が、無資格の助手をして、足の屈伸運動そ
  の他の危険性を伴う処置にあたらせて大腿部骨折の傷害を負わせ、かつ、同骨折に対しても病院の治療に
  委ねる等適切な事後処置をとることなく、ギブスをはめて骨折部を固定したに過ぎなかったため、骨折部
  分が変形に癒着し、歩行不能等の障害を残したという事案について、柔整師に対し、上記2点について注
  意義務違反を認定し、助手と共に共同不法行為責任を認めた。

 A長野地裁松本支部昭和47年4月3日判決
  柔整師が、左足首捻挫の患者を治療中、患者の患部が凍傷に罹患し、手遅れで左腿切断のやむなきに至っ
  た事案について、「(脱臼や骨折と違って)捻挫については右のような制限なしに治療行為を行うことが
  出来ること、捻挫が常に外力によって生ずるものである以上、いかに軽度な皸裂骨折の如きでさえも全く
  あり得ないとすることは出来ないから、捻挫の際に生じた極めて軽度の皸裂骨折で、レントゲン写真によ
  らなければ確認出来ず、しかも、捻挫の治療の過程で自然に治癒する程度のものであって、このような骨
  折を通常予想出来ないような場合には、応急措置にとどまらないで以後の治療行為も出来ると解するのが
  相当である」としながら、「柔整師は、打撲、捻挫、脱臼、骨折に対し、法定の範囲と方法においてのみ
  治療行為が許されるに過ぎないから、診療中の患者については疾患の動静を常に観察し、柔整師として許
  容された範囲の施術をもってしては回復が困難である場合は勿論、病状が通常の過程をたどらず悪化する
  徴候がある場合には施術を中止し、専門医による診療を促し、これを受ける機会を失わせないようにすべ
  きである」として、患者の患部付近に極度の体温低下、暗紫色化等の変化が認められたにもかかわらず、
  直ちに医師にその治療をゆだねるなど適切な措置を講ずることを怠ったとして、準委任契約による債務の
  不完全履行責任を認めた。

 B東京地裁昭和49年9月18日判決
  来院した患者を提携先の整形外科病院のレントゲン技師によりレントゲン写真の撮影をして貰い、同病院
  の医師からも骨折等の異常があるとの指示もなかったので、捻挫であるとの判断で施術を継続し、ほぼ1
  か月半の施術の結果痛みも軽快したとのことであったが、その後1か月経って患者が腰部重圧感が抜けな
  いので大学病院の整形外科で検査を受けたところ、腰椎圧迫骨折があると診断されたという事案につき、
  「柔整師として通常必要とされる知識及び技能に照らし遺漏のない検査・判断をした結果、骨折あるいは
  脱臼を疑わせるような症状ないし兆候を認めず、捻挫や打撲と判断して患者に対し整復施術を行った場合
  には、客観的にはその当時患者に骨折あるいは脱臼があったとしても、特段の事情のない限り、直ちに柔
  整師に要求される注意義務の違反があったということは出来ない」として、柔整師の注意義務違反を認め
  なかった。

 C東京地裁昭和56年3月26日判決
  柔整師が、腰部捻挫の治療として、回転頸椎(坐位)矯正法を施すに当たり、必要限度を超える力を用い
  たため腰部捻挫後遺症を生じたことにつき、不法行為責任を認めた。

 D京都地裁平成4年3月3日判決
  柔整師には、法に許された範囲において、皮下損傷につき、その範囲、経過、現症等を観察、その症状を
  的確に把握して、患部に適応した処置を促し、軟部組織損傷部修復の早期完了を施すべき義務、及び、業
  務外のもの又は手術又は医師の治療が必要となる程度の重度の負傷については、整形外科などへ転送すべ
  き注意義務があるにもかかわらず、本件では、初診当初負傷の程度を軽視して固定せず、三日後にも金属
  副子固定に止まりギブス固定をせず、当初の診断の二週間を経過しても容易に治療しないのに整形外科に
  転送せず、求めに応じて安易に副子による固定を外すなどにより、その注意義務を怠ったものであるとし
  たが、患者にも柔整師の指示を守らなかったことや、遅くとも柔整師の説明した治療期間二週間を過ぎた
  時期には、自らの判断で整形外科を受診すべきであるのに、これをしなかった過失が、五割あると見るべ
  きであるとした(なお、本件は、後遺症を認定しながら、立証が不十分との理由で逸失利益の請求を斥け
  、慰謝料のみを認定している)。

3.考察

 @のケースは柔整師に許容された診療行為の範囲を逸脱したもの、Aは当初の施術は許容範囲内のものであったとしながら、その後の経過でその許容範囲を超えたとしたもの、Bは許容範囲内だとした判断にも施術にも注意義務違反はないとしたもの、C施術内容が注意義務違反としたもの、Dは当初から許容範囲の逸脱があったとはしていないが、施術内容に過失があり、その後の経過で許容範囲を逸脱したとするものである。

 これらの判決は概ね一つの判断基準の中で整合的に理解出来ると言っていい。つまり、柔整師は法で許容された打撲・捻挫に対する施術と脱臼・骨折についての応急手当しかなし得ないのであるから、患者の来院の時点で、その症状がこの許容範囲のものであるかどうかの判断をしなければならず、その判断を誤って、許されていない症状に対して施術を行った場合、もしくは、施術の開始時点では許容範囲であっても、その後の経過で容易に治癒しないのに医師の治療を受けるようにしなかった場合には、注意義務違反を問われるということである。

 この点でAの前段の判断やBの判断には若干の異論がありうるかもしれない。おそらくAについては皸裂骨折とは言っても極軽微なものであって、実質的には捻挫と同視出来るという判断によったのであろう。また、Bでは施術を行うにあたり、提携している医師の指示を仰いでいることが注意義務違反なしとの判断に大きく影響したものと思われる。

 さて、このような裁判における判断基準から考えれば、浜西教授の言われる「柔整師は責任を免れうる資格」=「柔整師は領域を弁えて施術される限り、理論的には診断ミスで責められることはない」との議論は、一種のレトリックであり、裁判上では、領域を弁えて行われた施術か否かが、まさに柔整師の診断責任とされていることが分かる。

 もちろん、こう言ったからと言って私が浜西教授の議論の基本的な論旨に異論があるというわけではない。ただ、医師は診療にあたって全ての結果責任を取る職業であり、柔整師は一切責任を取らない職業であるかのような議論は、少なくとも現時点の医療過誤訴訟では「一般的医療水準」なるものを過失責任のメルクマールの一つにしているのであり、それからしても、あまり正確な議論とは言えないのではないかと考えたに過ぎない。
 広く国民の立場から、医師と柔整師のよりよい緊張関係と協働について、さらに議論が発展することを切に願うものである。