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96号(2011年 2月)

無外流居合
 
 中学1年で剣道を始めた理由は何だったろう?、母方のオジサンに剣道八段と七段がいたから。特に八段のオジサンは満鉄に勤めていた戦時中、日満剣道大会で満州側の大将として出場、片手上段の名剣士として名を馳せたという。それには遠く及ばないが、私も中3の時は高松市で個人優勝、香川県3位。中学に続いて高校時代も主将だったが、特に活躍歴は無く大学にすすんで三段となった。2年生の秋、次鋒として出場した中四国大会で、わが広島大学は団体優勝、私も個人戦でベスト16まで進んだがそこまで。大学中退に伴い剣道部も退部したので、あこがれの武道館で試合をすることは叶わなかった。

 「それって自慢かよ?」。うっとりと青春の思い出にふけるカーキーに冷や水を浴びせるそのお声は、やっぱヘンシューチョー。「地方大会でベスト16なんてしょぼい話やめてよね!」「すまんこってす」「そんなことより日本刀、真剣って持った事ある?」「ええまあ」「人を斬った事は?」「あるわけないでしょ!」「居合ってさカッコイイのよねえ」「座頭市ですか」「女性剣士がねえ、真剣をビュッと振ってる様なんぞ同性でもゾクゾクするわ」「忍びのお千恵と呼ばれた姐さんまでも?」「昔話は止してちょうだい」「でも居合抜刀術の元祖と言えば?」「室町末期の林崎甚助」「そもそも剣術と居合の違いって何ですかね?」「そんなことも知らないの?」「剣道の段審査に居合は無いですから」「言い訳無用!、いいこと?、剣術は実際の戦闘そのもの。居合は主に座った状態からの反撃を想定しているもの。片手で抜き打ちが基本だから、剣術の諸手の威力にはかなわないという説もある」「なるほど、宮本武蔵が剣術で、賭場に座りっぱなしの座頭市が居合ってわけですね」「坂本竜馬も居合をやっていれば寺田屋で殺されなくて済んだかもね」

 確かに居合は不思議だ。剣道の段審査には実技と学科と日本剣道形の3つがあり、この日本剣道形が居合かというとそうではない。木刀を使って二人一組でやる打ち込みの演武は、さまざまな流派の剣術をまとめたもので、居合とは似て非なるもの。そもそも居合は木刀ではやらない。真剣か模擬刀である。
 恐いよねえ、真剣。だから居合は試合をしない。だからどちらが強いかはわからない。格闘技ではないのだ。一人で黙々と型をこなすだけの演武。しかしこれではいけないと思ったか昭和41年、第1回全日本居合道大会からは試合をやり勝敗を決することとなった。それでもお互い座った状態から抜き身も早く斬り合うわけもなく、選手は5本の形を6分以内に同時に演武し審判員が判定するという。

 一体どんなものかとネットで検索してみた。「居合」で検索しただけで、あるわあるわ、You-tube動画が次から次へと山のように出てくる。10秒から長いものでも9分以内。しかし居合の型も試合も見ていてそんなに面白いものではない。面白いのは「柳生新陰流を学ぶ」というような剣術の動画。新陰流の爺さまが木刀で相手と面の相打ちをして、しかも百発百中で勝つ。相手の木刀を払うのではない。相打ちに打つのだけれど相手の木刀は外れ、自分の木刀は剣筋を通して相手の頭を打ち砕く。
 秘訣は右手にある。右手親指と人差し指の間(これを「たつのくち」と呼んでいた)をまっすぐ相手に向ける形で木刀を撃ちおろすのだ。その指の間はタコだらけで鬼気迫る。居合の技で面白かったのは同じくYou-tube「甲野善紀―kobujutsu iai」古武術家の甲野が実戦居合を解説する。その剣の捌き、体の捌きは驚嘆すべきものだが納得できるものでもある。といった按配で次から次へと検索すると、突然三島由紀夫の名前が出て動画で三島の下手な居合が見られたりする(笑)。そしてやたら目につくのが居合教室の広告。「無外流」とある。聞いた事のない流派だが居合検索サイトのあらゆるところに広告が出ていて、場合によってはYou-tube画面の下段にまで広告が載っている。一体この団体、財団法人無外流とは何者ぞ?!。

 そのまま素直にネット検索すると、無外流とは元禄6年に始まりというから江戸時代、居合形・剣術を現代に伝える古流武術とある。道場の数が半端じゃない。都内だけで100もある。えええ?、日本最大の居合団体だろうか?、ヨーロッパ支部や北アメリカ連盟もあるというからけっこう国際的。活動歴を見ると外国人観光客の居合体験が目を引く。
 ホテルと組んでフランスのパテシェ70人居合試し斬り見学とか、ロシアKBG10日間居合試し斬り体験、あるいはアメリカメジャーリーグの開幕戦で演武披露などとある。早速電話をして体験を申し込むと二つ返事でOK。1人でもOKというから慣れている。ただし料金は日本人¥12,000。高くねえか?、イヤイヤ袴上下レンタルでマンツーマンで居合の手ほどきを受けた後、真剣で竹巻き藁の試し斬りをさせてくれるというのだから「超レア特殊体験」ではあるまいか。

 ということで行ってきました日本橋三越近くの一等地。エレベーターの無い古いビルの4階に社団法人無外流普及協会を訪ねる。「たのもう!」と扉を叩くと「どうれ〜」迎えるは袴上下雪駄姿でPCに向かう九州柳川藩出自の上津原象雲会長。実技の前にまずは学科とばかりに愚問珍問を願い出る。

 「無外(むがい)流の無外とは何ぞや?」「知らぬ」「はて面妖な、普及協会が知らぬ存ぜぬとはこれいかに?」「所詮は禅問答から来た言葉。知らぬが仏じゃ」「無外流は居合の最大勢力なりや?」「非ず。最大は日本剣道連盟御用達の神伝流(しんでんりゅう)にて5万人。無外流は最大派閥の明思会で2,400人。ドイツのケルンで50人。総数1万人くらいではないか」「何故に会派が多いのか?」「分家だと思えばよい。弟子筋が独立し会派を名乗っておる」「道場数100はまことか?」「主たる4つの会派は専用道場を持っておるが、他は一般の公共施設を借りての運営じゃ」「おっとサークルですかいな。区民センターの」「今や各会派がHPを持ち独自の活動をしておる。お金のあるところはHPも充実し新規会員も増える。貧乏な所はHPも貧弱で活動も小規模なり」「ホームページの威力とは?」「無外流も以前は会員有志がHPを運営しておったが更新できずにいた。そこでウェブデザイナーに依頼してHPに金をかけた。毎日メンテナンスをしWEB広告もご覧の通りじゃ」「成程そうでござったか」「然り。今や入門、体験希望者が急増しそのほとんどはHPからという有様じゃ、フォッフォッフォッ!」

  
 ということで学科を終了し、いざ5階の道場へ。持参はTシャツタオルだけ。袴上下も帯も刀も全て貸してくれ飲み物もペットボトル付きという気配り様。着付けまで象雲先生直々で恐縮この上ない。道場には左右どちらの足から入るとかの決まりがあり、入れば道場に神棚にと立ち例から正座の礼まで作法がある。
 「今日は3カ月分の練習を90分でやってもらいます」とのこと。「新人の場合は1カ月に指導者が5人くらいつく。新人の練習日は日曜午前と月曜夕方。慣れてくると道場の開いている時間帯なら出入り自由で一人で何時間でも練習に打ち込める。週2回のペースで1年で初段が目安。が若く始めると転勤や引っ越し他の趣味で中断する人も多く定年退職者の方が長続きする」と学科はまだまだ続く。
 道場には3人ほど先客があり中に一人美人剣士の姿が。今日は朝からやっているとのこと。他の男性2名もそれぞれバラバラにやってきてのお一人様修行。心身の鍛練が目的だという。彼らの衣装刀はレンタルではない。帯・袴上下・肌襦袢・膝当てで2万円。居合刀が25万円から40万円、3〜4段以上になると練習でも真剣を使うのだがその値段は演武用で40万〜。巻き藁試し斬り用に15万〜20万。全て通販で買うという。
 と、ここまで聞いてようやく実技となり刀を差す。これがいきなり本身、つまり真剣なんだよな。スッと緊張する。3重に巻いた帯の間に鞘をはさむその差し方からしてややこしく、抜いた本身を鞘にしまうその差し方が難しい。鞘にあてがっている指を切りそうで怖いのだ。
 何度か抜き差しをし、次に前進しながらの素振り。剣道と違い踵を上げず踵を床に付けたまま前進後進する。素振りは両手で絞るというよりも遠心力と刀の重さを使って刀を遠くに投げ出す感じ。ビュッと刀身が風を切ればOK。そしていよいよ居合の形に移る。正座し刀の置き場所、置き方を教わり再び腰に差す。しばし精神を統一する。敵が目前にいて斬りかかってくる設定だ。
 ここぞとばかり座ったまま右足を踏み出すや右手で刀を一気に抜きながら横払い相手の眉間に斬りつける。間髪をいれず両手で刀を振りかぶり面を一気に斬り下ろす。仕留めた。残心を効かせながら刀の血糊を振り払う。そして再び座りながら鞘に刀を納める。と、まあよく見る形なので見よう見真似で出来るけれど、2本目の逆袈裟斬り(向かって左斜め下から右斜め上に刀を斬り上げる)は難しい。刀を抜く時点で鞘を60度回転させて下向きにしないと刃が下向きに出てこないのだ。
 と一汗かいたところで休憩し、いよいよ試し斬り。これは皆さんご存じの竹を中心に周りを畳の藁で巻き付けたもの。実は藁は人体の肉で、芯の竹は首の骨だという。つまり人の首を切り落とすのと丁度同じ斬り具合なのだ。これを一太刀で斬り落とせば首切り浅右衛門。斬り落とせずに竹に食い込んだまま途中で終わると、相手が苦しむ事になる。ここで気をつける事はただ一つ。左足を前に出さない事。刀は右斜め上から左斜め下に袈裟斬りに斬り下すので勢い余って自分の左足を斬る恐れがあるのだ。
 いつでもどうぞと象雲氏の声がかかる。剣士たち3人も見守っている。
 ゆっくり呼吸を整えて竹藁棒に正対する。刀を振りかぶり、ゆっくり2度3度と素振りをくれて刃筋を確認する。そして青眼に構える。目の前の竹藁は信長の首だ。刀をゆっくりと振りかぶり、力を抜け、力を抜いてと心の中で呟いて後は無心。刀をゆっくりと竹藁の向こうに投げ出す。スパッと音がして何の抵抗も無く竹藁が斜めに切れていた。
 一瞬の静寂の後、拍手が起こる。緊張が一気に解け荒い息遣いとともに笑顔がジワリと湧いてくる。「いいじゃないですか。素振りの時からいい音が出ていたんで大丈夫とは思っていたんですよ」とは象雲師の言葉。これが日本刀の威力か。日本橋で、信長の首、斬り落とす。あとは記念撮影と記念の賞状授与。「これで¥12,000は安いでしょ。外国人なんかお国に帰って写真と賞状を自分の部屋に飾って大喜びですよ」確かに。居合道普及のコツを心得ておる。皆さまもぜひ一度ご体験あれ。

              財団法人無外流  http://www.mugai.or.jp/